吉祥寺『もか』の標さんのこと。
吉祥寺『もか』のご主人標さんが亡くなる数年前、私が銀座の『十一房珈琲店』で働いていた時、何回か来店されたことがある。『もか』の内装のデザインを手がけてる方が『十一房』も手がけていて,そしてその方が『十一房』の近くで事務所を構えているからだと思うのだけど打ち合わせみたいなことを『十一房』でされていた。(ちなみにイタミコーヒーの内装もその方に手がけてもらった。)
標さんがはじめて来店されたとき、カウンターに座られたのだけど私がコーヒーをたてる目の前にすわられた。標さんは打ち合わせなので気にもしていなかったのだろうけど私は自意識過剰でガチガチになってしまっていた。正直わたしは『もか』の熱心なファンではなかった。それでも20歳の頃はじめて『もか』に行って以来何回かお店によらせてもらったし、著書も読ませてもらっていた。もちろんコーヒー業界では神様のような方でその狂気じみたコーヒーへの愛に尊敬の念を抱いていた。その方がコーヒーをたてる目の前にいる。見ているかもしれない。と思っただけでガチガチになってしまった。標さんはマンデリンを注文した。私はプロは如何に普段どおりにできるかが重要だと思う。忙しい時も体調が優れない時も目の前で食い入るように点て方を観察される時も。例えば中田英寿は『普段の練習やJリーグなどの試合で100%の力が出せなければ、ワールドカップで100%の力が出せるはずもない。つまり普段の練習こそ本番と同じようにすべきなのだ。』ということを言っているし、松本人志はM-1で普段の力が出せなかった芸人に対し
『m−1の決勝まで残った8組は普段の力を出せれば誰でも優勝する力がある。要するに如何に普段の力をだすか合戦だ。』と言っている。だから普段通りにできたらもっとおいしいのにといったエクスキューズはそんな事言い出したらみんなそうな訳で意味がない。とにかく私はガチガチになりながらもコーヒーをお出しした。決して自分的に100%ではなかったと思う。いやそれを判断する事もできない程緊張していた。しかし帰り間際『たいへんまろやかでしたよ』とお言葉をいただいた。天にも昇る気持ちだったが『ありがとうございます』と当たり前の言葉を返すので精一杯だった。
標さんの講演に1度だけ行った事がある。その中でコーヒーの抽出に関して話されていた。コーヒーのおいしさの比重として、素材、焙煎、抽出でみた場合、抽出の比重はきわめて小さい。しかし抽出によって明らかに変わる事も事実である。標さんはネルドリップを推奨していた。標さん曰く『時間がないので詳しく説明できませんが、わたしは現在ある全ての抽出方法を検討してきた。その私がネルドリップが一番だという結論にたどり着いた。それで納得してもらえませんか?』私はある一つの頂点に上りつめた人特有のといううべき独断的な発言に反発される人もいるのではないかとヒヤヒヤしたが、私自身ネルドリップを10年以上やってきて愛着があるのでうれしかった。そしてこうもおっしゃった。『これから喫茶店を目指す若い方は、ネルドリップでコーヒーを出してください。』しかし残念ながら、これからネルドリップの店がどんどん減っていくような気がしてならない。ネルドリップが本当に一番かどうかは好みもあるから、一概には言えないと思うし意味はないと思う。私自身で言えば今までここのコーヒーめちゃくちゃうまいなと思った何店舗かはすべてネルドリップだった。それは偶然ではないと思う。しかしながらネルドリップは厄介な事が多い。安定性に著しくかけるし、これ程同じ豆で点てる人によって味が変わってしまう抽出方法はないと思う。合理的な経営を目指すなら目指す人が減るのは仕方がない事なのかもしれない。
私はいつかネルドリップのお店を出したいと思っています。

