映画とテレビドラマの違いって何?
今日もてくてくお店まで歩きました。1時間近く歩くので着く頃には汗が吹き出します。歩き出して半年以上過ぎ、少しですが足に筋肉がついた気がします。この調子で帰りも歩こうと考えています。しかし帰りはおなかがすいているのでなかなか歩く気になれません。なんとか歩くようにして体力アップをめざしたいのですが。
十一房珈琲店で働いていた時より規則正しい生活が送れるようになりました。以前はシフト制だったので朝早かったり、遅かったり、逆に夜は深夜1時を過ぎて家路につく事も珍しい事でもなく規則正しい生活を送る事は無理だったのだけど、今は夜は9時には寝床につき、10時には寝ています。5時過ぎに起きるので、7時間は寝ています。おかげで大好きだったお笑い系のバラエティーもほとんどみなくなりました。また大好きだった映画も最近はトンとみていません。『大日本人』ぐらいですね。
昔から映画とテレビドラマの決定的な違いがわからず、いろいろ映画好きな人に聞いてみたりしたのだけど、なるほど納得という回答を得られた事がありませんでした。それは単純にフィルムとビデオという記録される媒体の違いだけなのでしょうか。スピルバーグの『激突』はテレビ映画って書いてありますよね。だから劇場映画としての処女作は『激突!カージャック』だと聞いた事があります。違いがわかりません。テレビ映画って何?ドラマとはまた違うのかな。よくわかりません。またよくテレビでヒットしたドラマが映画化されるのは何故でしょう。そうする意図がビジネス以上の事柄にあるのでしょうか。映画は監督の作品として世間に認知されますが、ドラマはそういう認知のされ方というより主演誰々、脚本誰々という事が多いと思います。しかし例えば松本人志の映画第一作とされる『大日本人』はラストのコントシーンが特に話題の中心となりましたが、その発想自体は当人も企画や脚本に関わったとされるドラマ『伝説の教師』の最終回の漫才シーンと基本は同じであり、それにもかかわらず映画の方はその発想や方法論が批判されたり評価されたり、しかしドラマの方はそういったことは無かったと思います。いや映画もドラマも一緒じゃんと言いたい訳ではないのです。なぜ映画の方がより評価の対象になったり、またより人々を魅了するのか不思議なのです。それは記録媒体の違いだけで説明できるとは思えません。極論例えば名作とされる『七人の侍』や『東京物語』がビデオでとられて、テレビドラマとして発表されていたらどうなってたのでしょう。
松本人志は以前自分はお笑いにしか興味がないのでもし映画をとるとしてもお笑いの映画しかとらないと言っていました。しかし当時は『ビジュアルバム』などのコントビデオを発表していた時期で映画を撮る気はないと言っていました。ビデオから映画に表現方法の場をかえた根本的な理由は何でしょうか?みるかもしれない対象者が増えることは表現者にとって魅力的な事でしょう。ビデオであればおそらく日本人しかみませんが、映画であればより多くの人が見る可能性があります。まあこの辺が一番決定的なちがいなのかもしれません。でももっとこうなにか魅惑的な理由がある気がしてなりません。そんなことないですかね。面白ければどっちでもいいじゃん。と私も思わなくないのだけど、時々思い出したかのようにごちゃごちゃ考えてしまいます。


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